世界のアッチから

馴染みのないところから色々見てみよう、というブログ。かっこよく言うとfrom the other side。

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イギリス#ロンドン "もっとダメになれ"

タイで金を盗まれた。
大した金額ではないけれど、計画していた残りのルートの実現には足りない。
稼がなくちゃ、いかん。

治験やろう。
(この辺の発想がクズのクズたる所以。)

日本に帰る気はさらさらなかったので、早速僕はオーストラリアの治験会社に連絡を入れた。
オーストラリアならタイから遠くないし、金を手にしたらインドネシアから再び東南アジアに入っていく、というのも面白いと思った。
スペインからほとんど陸路で東へ東へと進んできた僕は、ユーラシア大陸横断というかっこいい旅のルートを崩したくない、という気持ちがあった。

けれども、アデレードの治験会社からの返事は、当分治験の予定はない、というもの。
仕方なく他の国の会社にも当たってみると、ロンドンからすぐ来てほしいとの返信。

ロンドン…イヤだ、行きたくない。

この頃は12月。
オーストラリアは夏なんだろうけど、イギリスは真冬。
なにより、スタート地点のスペインよりもさらに西に戻る、ということが嫌だった。

しかし、報酬はデカい。
しかし、真冬、真西…
しかしもかかしも真冬もない!ということで12月初旬、ロンドンへと飛んだ。

ロンドン、ガトウィック空港に降り立ったのは昼の3時。
昼の。

空港を出て、泣きそうになった。

寒い。
調べて準備して想像した寒さを遥かに凌ぐ寒さ。
慌ててバックパックの奥からダウンジャケットを取り出して着込んだ。

暗い。
昼だと思ってたのに、もう夕暮れ。
しかも、夕焼けが赤くない。
青と黄色のグラデーションはとても美しくて冷たくて、こりゃ北極圏じゃねーか、と震えながら思った。

さて、空港でしくしく泣いてるわけにもいかないので、エアポートバスと赤バスを乗り継いでハイドパーク近くの安宿にチェックイン。
狭いドミトリーに詰め込まれた二段ベッドは満員御礼。
世界中から集まったツーリスト、ではなく、東欧やら南欧やらの安めのEU圏内から職探しに来た若者でいっぱい。タコ部屋じゃねーか。
まー、自分も観光に来たわけじゃないからノリは合うんだけど。

街は寒い。もう、無茶苦茶寒い。
持っていた冬服を総動員して重ね着しても寒さに耐えられない。

メシは高い。そして不味い。
3ポンド(当時1ポンド=約120円)じゃ満腹になれないし、5ポンド払ってもロクなもんは出てこない。
不味いサンドイッチというものを初めて食べてカルチャーショックを受ける。

でも、すぐに治験で病院に入っちゃうんだし、ほんの少しの我慢だ!

ロンドン郊外の治験病院で健康診断を受けた。

結果は落選。
尿から大麻反応が出ちゃった。

ムリもない。
健診の5日前、ラオスの首都ヴィエンチャンで飛行機に乗る直前まで吸ってたんだから。
ガンジャだけじゃなく、あんなものやそんなものまで。

こりゃ、終わったな。
と肩を落としかけたが、そこは英国。対応が大人。

大麻反応以外では、僕は血液などすべてのデータが問題なし。てゆーか理想値。
尿中の大麻成分は2〜3週間で抜けるから、1ヶ月後に行われる同内容の治験に再チャレンジしませんか?という素晴らしいご提案。

こうして、真冬のロンドンで極貧生活が始まった。

1ヶ月余計にこの街で暮らす、治験報酬が手に入るのも予定より1ヶ月遅れ、そこまでの生活資金はギリギリ。
治験会社の人からは、次の健診まで吸わないでねと釘を刺されたけど、そもそもそんな金はない。

共同キッチンの使いやすい韓国人宿に移り、テスコやセインズベリーといった有名激安スーパーで食材を買って自炊を始めた。
移動は極力徒歩。
防寒着も激安チェーンで購入。

まさに爪に火を灯すような赤貧ぶり。
数日前まで南国でうまいもの食べてジョイントに火を灯していたブリブリ生活が夢のように遠く感じられた。

だけど、後悔はしていなかった。

ロンドン行きを決めたとき、周囲のみんなが反対した。
金を盗まれたと言っても、東南アジアやインドならしばらく遊べるだけの金は残ってる。稼ぐなら日本に帰って働くべきだ。治験だって日本でできる。高い航空券買ってロンドンまで行って治験に参加できなかったら最悪だ。
と。

その通り。
みんなの言う通りだ。

事実、予定していた治験には参加できなかった。
落選の時点なら残りの金で帰国することもできたけど、それも捨てた。
僕はロンドンに留まって次のチャンスに賭けた。

自分は、自分だけは、うまくいくとわかっていた。

東南アジアですべてがうまくいき、気持ちも体調もこれまで生きてきた中で最高の状態まで登り詰めて、そのすべてが頂点に達した満月の夜から、すべてが暗転した。

流れがある、と思った。
物事がうまく進む流れの後には悪い流れがある。
良い方向に強く流れれば、次には同じくらいの強さで悪い流れがやってくる。
中途半端な流れには、やっぱり中途半端な反応しか来ない。

それなら、とことん悪い方向に進もう。
もっともっとダメになれば、次はきっと面白いことになる。
ギリギリまで攻めるチキンレースみたいなもんだ。
失敗したら笑って諦めればいいや。

年が明けて2012年1月初旬。
治験の健康診断、再チャレンジはあっさり合格した。

1週間入院して1週間街で過ごす、というのを3回繰り返し、前後検査も合わせて1ヶ月半。
最後に病院を出た次の日には旅仲間の紹介してくれた仕事を始め、イーストロンドンの激安シェアハウスで優しいバングラデシュ人夫婦やガーナ人女性と暮らし始めた。

ビザなし滞在期限、6月までの約4ヶ月。
この寒くて暗くて高くて不味い街で、僕は絶好調だった。
仕事は日の高い時間に終わり、暗くなるまで自転車でロンドン中を走り回った。
週末の夜は日本では考えられないような素晴らしいイベントに何度も足を運んだ。
そもそもこのロンドンは自分が10年以上夢中で聴き続けたドラムンベースの本場。ずっと憧れてきた街なのだ。
生活には意外と金はかからず、遠慮なしに遊びまくった。
ロクに英語も話せないくせにロンドナーぶってゲラゲラ笑って暮らした。

流れは掴んだ。

ロンドンの馬

ノッティングヒル

ハイドパークの白鳥

クリスマスの天使

リージェントストリート

タワーブリッジ

イーストロンドンの黄色い壁

近所のスケートボードパーク

町内掲示板

ロンドンの自転車

日向ぼっこする鳩

神の目

テーマ:海外旅行 - ジャンル:旅行

タイ#パンガン "有頂天のその先は"

2011年10月12日、満月。
タイ、パンガン島ハードリンビーチ。

ビーチの大半がダサダサなフルムーンパーティーの中にも1割くらいは楽しめるところはあって、それを目当てに僕は半月前から島入りしていた。
天候、音楽、気力、体力、お野菜にお肉。すべてを最高の状態に整えて、僕はサイコーだった。

まさに有頂天。

そして、有頂天という言葉が使われる文脈が良いものではないように、ここから見事なまでの災難続きとなる。


災難その1

「ドン、乗ってけよ!」
僕のことをドンと呼ぶシンガポール人アフィクから声をかけられたのは、東の空が白みはじめ満月が西に傾いた頃。

僕は彼といつどこで友達になったのか記憶がないけれど、それはこの島ではよくあること。
そして、バイクを運転できる状態でない者がレンタルバイクを乗り回してるのもこの島の日常。

いつもなら断って歩いた。
しかし、日の出の瞬間をサイコーな状態で楽しみたかった僕は、行きつけのバーに急いでいた。

フワフワな二人を乗せたスクーターは潮風の中を軽快に走り出し、2分で転倒した。
右半身を血まみれにした相棒は病院に連れていかれ、右肩と肘から出血しただけの僕は傷を洗ってバーに向かった。

「オヤジ、ポンジュースおくれ!」
怪我は意外に重く、肘の肉はえぐれ、その後全治に1ヶ月を費やすことになった。


災難その2

「Mちゃんが昨夜からいないんだよ!」
何度か一緒にパーティーに行った日本人の男の子から声をかけられたのは、死屍累々のビーチに太陽が高く昇った頃。

これまた何度か一緒に遊んだ女の子コンビのうちの一人がパーティーの始まった頃から行方不明になってるという。

数人でビーチ周辺のバー、クラブ、レストランを片っ端から探すが見つからない。
この島でこの日、女の子が行方不明…最悪の事態が頭をよぎる。
さらに、彼女たちの泊まっているバンガローに行くと、窓ガラスが割られていた。
深夜、みんなが出掛けている間に空き巣が入ったんだ。

幸いにも部屋には貴重品を置いていなかったので、なにも盗られてはおらず、やがてMちゃんも無事に帰ってきた。

本当に無事かどうかはわからんけども。

サンライズビーチの昼

淡い花

サンセットビーチのサンセット

光る窓辺

サンライズビーチのボート

ハードリンの路地

ビーチの帰り路

光るヤシの実


災難その3

「お前のバスは違う。こっちだ。」
バス会社の兄ちゃんに声をかけられたのは、バンコク行きの夜行バスを待って待って待って、待ちくたびれた頃。

満月のあと、観光客の激減したパンガンで僕は静かで平和な1週間を満喫し、ようやく島を出た。
島の旅行代理店で買ったフェリーとバスがセットになったジョイントチケットを持ち海を渡った。
バス会社の待合所で出発を待っていると、お前は違う、別の会社、別の会社、とバス会社をたらい回しにされ、5度目に社名がタイ語だけで英語表記されていないバスに乗せられた。

現金、クレジットカード、トラベラーズチェック、パスポートは腰に巻いた貴重品ポーチに入れていた。移動のときはいつもそうしてる。
けれども、腕の傷をかばって寝心地が悪かったから、いや、単なる油断から、ポーチを外して足元のバッグに放り込んだ。
2010年2月の旅行開始から1年8ヶ月、モロッコでもトルコでもパキスタンでもインドでも盗難被害に遭わなかった僕は油断していた。
しかも、ここは何度も来ているタイ。微笑みの国、タイ。マイペンライ。

翌朝バンコクに到着して宿でバッグを開けると、現金だけがきれいに消えていた。
ドル、円、バーツ合計10数万円、やられた。


災難その4

「川から離れた宿に移りなさい。」
バンコクのお巡りさんに声をかけられたのは、宿の玄関の水位が上がり庭には体長2メートルのオオトカゲが泳いでいた頃。

ときはタイ大洪水。
バンコク北郊のドンムアン空港は水没し、バンコク市内でも所々で冠水が発生していた。

そして僕は、チャオプラヤ川沿いの美しいウォータービューが自慢の安宿にいた。
床上浸水で1階部分は閉鎖。見事なウォーターインゲストハウスとなった宿に泊まっていた僕は、金を盗まれてそんなことには構っていられなかった。

洪水バンコク

足は水に浸かり、腕には包帯を巻き、財布に金はなく、1週間前とは別人のようにしょぼくれた僕は、しかし、その後1ヶ月に渡って洪水バンコクを遊び倒した。

超、楽しかったです。

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タイ#ハジャイ "はじめてのキンタママッサージ"


タイには、タイマッサージがある。
これは、日本でもすっかり有名になった。
東京には、あっちこっちにタイマッサージ屋がある。

そして、タイマッサージには、キンタママッサージがある。
これも、そこそこ有名になったと思う。
本やネットには、あっちこっちに情報がある。

しかし、有名なことと普及していることとは別だ。
俺の日本での友人知人暇人変人からも、経験したという話は聞かない。
これまで4度訪タイしてる俺も、まだ経験していなかった。

先日、マレーシアからタイに入った。
ペナン島で買った地図以外、ガイドブックなどの旅行情報はない。
そして、たとえ情報があっても意味のなさそうな、なにもない街ハジャイにやってきた。

ハジャイの市場
ハジャイのありふれた市場。
味のあるおばちゃんが映り込んでるけど、タイではフツー。

とはいえ、名物くらいはあるだろうと、
ネットでハジャイについて調べてみると、
どうやら、この街ではキンタママッサージが盛んらしい。

いがぐり頭

キンタママッサージ。
英語で言うと、マッサーピンポン(英語か?)

一応、知らない人のために説明しよう。
キンタママッサージとは、読んで字の如く、睾丸を揉みほぐすことだ。
効能は、よくわかんないけど、男性機能活性とか、そんなもんでしょう。
マッサージ師は女性で、客は当然男性なわけだが、性風俗の類ではない。
あくまでもタイ古式マッサージの正統メニューだ、と思う。
その伝統文化を体験しよう、という趣旨だ。

さて。
いくつかのブログを参考に、良さげな店がある地区へ下見に出掛けたわけだが、
普通のマッサージ屋が多過ぎて、どれがどれだか判別できない。
看板やウィンドウには、OIL MASSAGEとか脚底按摩とか書かれてるけど、
キンタマらしき表記は見当たらない。

腹もすいていたので、一時中断。
屋台の汁そばをすする。
すると、相席していたニイチャンが、
突然ポケットから錠剤を出して見せてきた。
「なにこれ?睡眠薬?」
「ノー。インド製のバイアグラだよ。」
あっという間に話は下ネタで盛り上がり、タママッサーについて尋ねると、
技術も値段も確かだという店を紹介してくれた。
また、タママッサーをするなら30歳以上のマッサージ師がよい、
20代は技術がないのでスペシャルマッサージ(ヌキ)で誤魔化す、とも教えてくれた。

灯りとリョウ

2分で意気投合したリョウ(37)。
中華料理屋で働くかたわら、
マレーシアやシンガポールから遊びに来るお父さん方にバイアグラを売りつけ、
その売上でガンジャを吸いまくってる因果な男。


翌日、まだ明るいうちに教えてもらった店へと向かった。

中南古方按摩院
繁華街の路地裏のホテルの2階、という完璧すぎる立地。

ガラス張りの扉を押し開けると、
壁際の長椅子にずらっとマッサージ師が座っていて、一斉に視線が俺に集中する。
それを見ないようにして、受付のおばちゃんに
「マッサーピンポン、プリーズ」と伝えると、
ボディマッサージ1時間300バーツ、ピンポン200バーツ、計500バーツとのこと(多分ボラれてる)。

階段を昇ると、廊下に沿ってマッサージルームの入り口が並んでいる。
入り口にドアはなく、長方形に切り取られた穴をカーテンが覆っている。
カーテンの前で靴を脱いで入室するのだが、ほかに靴の置かれた部屋は見えない。
どうやら、客は今、俺だけらしい。
中に入ると、マッサージルームは意外に広く、
10畳ほどの清潔なフローリングにマットが4つ並んでいる。
壁掛けのクーラーと部屋の隅のブラウン管テレビ以外には、
なんの家具もない殺風景な空間をほの暗い暖色の照明が助けていた。
なんだかマンヘルみたいだな、と思った。

いやいや!
風俗じゃないんだってば!
裏フーゾク潜入ルポみたいな書き方はやめよう。

さて。
案内のおばちゃんはバスタオルとタイパンツを手渡し、
着替えるよう指示するとさっさと部屋から出ていった。
実はタイパンツすら初めてな俺が着替えに手間取っていると、
再び入室してきてサッと腰の余り部分を結んで固定してくれた。

「ありがとう」と照れながら顔を上げると、
先程とは別の女性が目の前に立っていた。

年の頃は40前後。
長い黒髪を後ろでひとつにまとめ、豊満というよりもふくよかな肉体を、
ユニフォームであるポロシャツとストレッチパンツで隠している。
地味ながら均整のとれた目鼻立ち、白くハリのある肌は、
彼女のこれまでの人生が平凡な幸せで彩られていることを連想させた。

違う!
これじゃ官能小説だ。
「塾女専科~主婦のイケないアルバイト」なんてタイトルが似合う。
大宮駅新幹線ホームのキオスクで販売したいね。
売る自信があります!

はい。

つまり、
どこにでもいるフッツーのおばさんがマッサージ師として登場したわけ。
これは技術的に期待できる感じだけど、
若いマッサージ嬢じゃなくて、
ほっとしたような、がっかりしたような。

まずはうつ伏せになって、お馴染みのタイマッサージ。
背中や腰、脚を揉んだリ、両足を絡めてパロスペシャルみたいなアレとか。

姿勢を仰向けに変え、ボディマッサージが続く。
ここで気が付いたんだが、おばちゃんの顔はさっきからずっと横を向いている。
音楽ばかり大仰な安いテレビドラマに見入りながら、
洗濯物でも畳むような手付きで俺の身体を折り曲げる。
いい加減だなー。
ま、気持ちいいから構わないけど。

1時間といいつつ、45分程で終わってしまうのは、
タイマッサージとテレビドラマの共通定理。
テレビ画面がニュース番組に切り替わって間もなく、
おばちゃんの口からピンポン開始が告げられた。

バスタオルで隠しながら、施術衣とパンツを脱ぎ捨てる。
おばちゃんの指図の下、仰向けになり、脚を開く。
俺の両脚の間に座ったおばちゃんが、
準備していたプラスチックの籠から小さなボトルを取り出す。
マッサージオイルだ。
オイルを左手の平に垂らす。
同時に右手が伸びてきて、俺のTシャツをめくり上げる。
オイルの冷たい感触と共に、ググッと腹部が圧迫される。

「え?お腹?」
「そう。お腹を揉んだあとにピンポンやるといいのよぉ。」
あ、そうですか。

なんだか、拍子抜けだ。

ネコのワン
今回は写真がほとんどないので、イメージでお伝えします。
仰向け、お股おっ広げの様子を再現してくれたのは、コピーDVD屋の看板猫、ワン。
…ふざけた名前つけやがって。

お腹というよりも、胃腸そのものを刺激するように、
ときに力強く、ときに優しく揉み上げていく。
大腸に沿って「の」の字を描くように揉んだりして、
こりゃ便通に良さそうだわい、などと考えていたら突然タマ袋にオイルが塗られた。

来た。

そう自覚したとき、
オイルはすでにタマ、棒、辺縁部、蟻の戸渡りにまで塗られていた。

ゴリッ。ゴリリリリリ…。
指の腹で絶妙な圧力を加えつつ、左右のタマを交互に引っぱっていく。

むぐっ。うぎぎぎぎぎ…。
痛いような、苦しいような、気持ちいいような複雑な感覚に、
食いしばった歯の奥から声が漏れる。

何度も、何往復も、タマは行ったり来たりを繰り返す。
この様子を無理矢理なにかに喩えるなら、運動会の大玉転がしだ。
澄み渡った秋空の下、金玉第二小学校の児童は、
赤組白組に分かれて二つの大玉を転がしていく。
赤勝て、白勝て、エイエイオー!
今こそ放課後の練習の成果を見せるとき。
みんなの手から手へ、大玉は淀みなく転がっていく。
ゴロロロロロ…。

競技種目は、もちろん大玉転がしだけじゃない。
リレーの選手たちがリンパ線トラックをグルグル駆け回る。
凸凹戸渡りコースを、親御さん方(親指)が力づくで押し通る障害物競争。
そして、またも大玉転がし。
赤勝て!白勝て!
繰り返し、リレー、障害物競争、大玉転がし、リレー、棒倒し。

え!
棒倒し!?

運動会が盛り上がるにつれ、いつの間にか校庭の中央では、
天高く突き立つ棒が用意されていた。
そこに5人の選手がしがみつき、上へ下への大騒動。
棒の先端を捕らえ、揺さぶりにくる者もいる。
上へ、下へ、アップ、ダウン、アップ、ダウン、アップ。

「ノーノーノー!そっちはいいからっ!」
「うーん(笑) オーケーイ。」

再びおばちゃんの指がタマを転がす。

あぶねー。
危うく気持ち良くなっちゃうとこだったぜ。

言い訳させてもらうけど、
勃っちゃったのは、別に興奮したからじゃない。
股間への物理的な刺激に対する生理反応だ。
なにが悪いかと言えば、俺の身体の若さと健康が悪い。

実際、俺自身もすでにこの状況に慣れつつあり、
頭はおばちゃんと同じ方向、テレビ画面に向かっていた。
「これ、チェンマイ。洪水なのよー。」
「えー、大変なことになってるねー。」
などと、のどかに世間話を交わすまでになっていた。

薄暗い部屋に、アナウンサーの早口が静かに響く。
早口のタイ語って、漫談みたいだ。
上半身はすっかり冷静になっていた。

しかし下半身では、
玉二小の校庭が益々盛り上がりを見せていた。

何度目かわからないほど繰り返された大玉転がしは終盤を迎え、
ゴロゴロゴロゴロゴロッ!と玉は熱く強く疾駆していた。
フレッフレッ赤組!
フレッフレッ白組!

もう、おばちゃんが頼もしい応援団長に見えてくる。

赤っ!ゴリゴリゴリッ、ワー!
白っ!グリグリグリッ、ワー!

競技っ終了!
赤組、白組、引き分けです!
ワー!パチパチパチッ…。

終わった。

最初は怖かったけど、
やってみたらフツーに気持ちよかったな。

ほっと息をつく俺を見下ろして、しかし、団長は言った。

「フィニッシュ、する?」




この先は、
言わぬがナハ。

ハジャイの橙の花

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