世界のアッチから

馴染みのないところから色々見てみよう、というブログ。かっこよく言うとfrom the other side。

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中国#梅里雪山 "はじめての遭難"

中国に入って半月、雲南省麗江の宿でチベット自治区の地図を手に入れた。
ついでにパーミットなしで自治区入りするルートも教えてもらった。

2012年12月、共産党大会を終えたばかりの中国。
新政権もチベットに対しては強硬路線で行くことがニュースで伝えられていた。
チベット自治区入境許可証(パーミット)は団体ツアーに参加しなければ取得できないうえに、日中関係の悪化から日本人はそれもダメ。闇バスも今はない。

合法的な個人旅行は絶望的。
今回はチベットに行くのは諦めよう、と思っていたところに地図と情報。
あらら、チベットに呼ばれちゃったよ。

よし、行こー。

適当な情報と適当な装備と適当なノリで向かったのは、雲南西藏ボーダー数十キロ手前の飛来寺(フェイライス)。
ここはもうチベット人社会。
雪降る朝、チベット自治区内に向かうバスを路上で捕まえる。
(バスターミナルでチケットを買うには身分証明書を提示しなければいけないので。)

途中のオシッコ休憩の際で、しかし、あっさりと僕は外国人だとバレてしまった。

ドライバーに放り出されたのは、国道沿いの工事現場。
標高3000m超。
雪は止んだが無茶苦茶寒い。
ヒッチハイクしても誰も停まってくれない。
そもそも車がほとんど来ない。

よし、チベットは諦めた。

その代わり、ここで遊んでいこう。と目の前の山を見る。

梅里雪山(メイリーシュエシャン)。
長江、メコン川、サルウィン川という3本の大河が並走する三江並行という特殊地形に6000m級の高峰が13連なり、主峰カワカブ6740mをはじめ全峰が未踏峰。
(1991年カワカブ登頂を目指した日中合同登山隊17名が雪崩により全滅。)
しかも、チベット人にとってはカイラスに次ぐ聖山で、チベット自治区からも巡礼者が訪れる。
もちろん世界遺産。

メコン大渓谷

12:00
工事現場のチベット食堂で昼飯ついでに道を教えてもらって歩き出す。

目指すは梅里雪山内院の村、雨崩(ユボン)。
メコン川源流の大渓谷をずーっと降りて行く。
チベット族の村を通り過ぎ、吊り橋を渡り、埃っぽい未舗装路を延々と歩く。
後日、同じ道を車で戻ったけど、よく20kg近い荷物背負って歩いたなー、バカだったなー、と我ながら呆れた。

西当村

15:00
西当(シダン)村に到着。

地図を持ってないから知らんけど、雨崩は次の村なんだから近いんだろー、と休憩も取らず水も食べ物も買わずに、村人に近道を訊いて山に入った。
18時を過ぎると暗くなるので、僕は急いでいた。

地図なし、水なし、時間なし。

僕は完全に山を舐めてた。
ベロッベロッに舐めきってた。

ぐるりと山を迂回する車道から外れて、村人と馬しか使わない山道を歩き出す。細くて険しい近道。
馬を連れた村人やはためくタルチョもやがて姿を消し、誰もいない道を歩く。
重い荷物、急な坂道、高い標高…すぐに息が上がる。

道は意外にも幾本にも枝分かれしていた。
この時はまだ理解していなかったことだけれど、この道は村と村を結ぶ近道としてだけでなく、芝刈り用の道でもあった。
枝分かれした道の木は枝が切られ、馬糞やタバコの吸い殻も落ちていて、いかにも村へ通じる道に見える。素人目には。

人間の痕跡も少なくなり、低木は迫り出してトゲが服やバックパックに引っかかる。
それでも道(らしき跡)は続いていて、先へ先へと導く。
獣道に入っちゃったかな、と不安になると人の足跡があったりして勇気が出る。

ここで最も必要な勇気は引き返す勇気だったけれど、それは面倒くさい、という気持ちが抑える。
苦労して歩いてきた道を戻るのは、とてもとても面倒くさい。
次の尾根を越えれば、あの岩を越えれば、きっと見通しがつくだろう。

17:30
どこで道を間違えたのかは、わからない。

間違えたとはっきり認識したときには、もう元来た道さえわからなくなっていた。
とっくに道ではない場所を歩いてきたのだ。

日が暮れようとしていた。
あ、死ぬ。と思った。

5分くらいだったろうか、パニックになって低木だらけの崖を駆けずり回った。

崖の下には車道が見える。
遠くには建築物も見える。

大声で呼び掛けてみた。
思いっきり、出せる限りの大声を出した。
返ってくるのはヤマビコだけ。人間の反応はない。

自分の立っている場所を見た。
両手を使わなければ移動できない断崖絶壁、トゲだらけの低木と迫り出した岩。
進むことも戻ることも登ることも降りることもできない。

よし、ここで寝よう!

大きな声を出して自分に言い聞かせた。
その一言で冷静になった。

低木の間のわずかに傾斜の緩い場所を見つけてバックパックを降ろし、汗で濡れたTシャツを着替え、できる限りの重ね着をする。
使うことはないだろうと思っていたエマージェンシーバッグと寝袋(10℃対応)を重ねて、中に入ってみる。
寒くない!これならイケる。

18:40
寝袋に入るとすぐに暗くなった。

暗闇の中で状況分析と下山の方法を考える。

暗い中では動けない崖。
見通しを効かなくし、トゲが引っかかって動きを遮る低木。
水も食料も6時間前に切らしている。
疲労は限界だが寒さはしのげている。
夜明けは午前8時、それまで13時間。
これが与えられた条件。

ここで死ぬとすれば、最も可能性が高いのは滑落死だ。
明るい時間でさえ、一歩間違えれば転げ落ちる急な崖にいる。
では、滑落に繋がる事態はなにか?

1) 吹雪などの天候悪化で寒さに耐えられなくなり、風雪を防げる場所を探して暗闇の中歩き回って滑落。
2) 野犬などの動物に襲われて、戦ったり逃げる際に滑落。
3) 渇きが限界を超えて脱水症状に。フラフラになって滑落。

1)と2)は運次第。
3)に関しては、一日水を飲まなくても人間の身体は耐えられるとわかってはいるものの、喉の渇きは尋常じゃなかった。

水なしで既に6時間も山道を歩いてきたこと。
標高3000m前後なので呼吸のために通常以上の水分を消費していること。
二つの理由から、渇きは相当進行していると判断できた。

20:20
目を閉じても眠れない。

急斜面の中で身体を折り曲げているので、完全に力を抜いてリラックスすることができない。

遥か遠くには、朝まで滞在していた飛来寺のホテルの明かりが見える。
遠くにネオン、眼下に車道が見えて、近所の人が日常生活に使う、そんな当たり前の風景の中で死ぬかもしれない。
死ぬっていうのは、間抜けで壮絶なもんなんだなーと考える。

21:30
喉が渇く。喉が渇く。

水が欲しい。なにかないか?
そうだ、水筒の中に濡れたお茶っ葉が残っていた。これはいい!

早速食べてみる。が、これは失敗。
噛み砕いた茶葉は口の中の水分を吸って、余計に喉が渇いてしまう。
以降は水分だけ吸って、葉は吐き出すようにした。

さらにもう一つ、水を持っていることに気が付く。
僕は旅行中タオルを使うのが嫌いで、スポンジ生地のスイミングタオルを持ち歩いている。
洗って絞って何度でも使用できるアレだ。
早速バッグから出して絞ってみると、わずかだが水が染み出してくる。
タオルを吸い、手に流れた水を舐めると、ほんの少しだけ渇きが癒えた。

22:40
薄曇りの空から小雪が舞う。

エマージェンシーバッグについた雪、というか氷の粒をスイミングタオルで拭き取って吸う。
けれども、飲んでも飲んでも喉は渇く。

0:20
尿意。チャンスだと思った。

いらないビニール袋にオシッコを出して一気に飲んだ。
大量の水分を喉に流し込むことができた。

運動と疲労で濃くなったオシッコは、ものすごく臭くて不味い。
口の中のアンモニア臭が取れない。唾も湧かないから臭いが消えない。
そして、30分もすると腹がゴロゴロと鳴きはじめた。クソッ!

1:20
寝袋から這い出して暗闇の中、崖に尻をさらして下痢グソを垂れる。

ヘッドライトを持っていなければここで死んでいたと思う。
体を支えるために最初に掴んだ岩はグラグラだったから。

とにもかくにも無事に大仕事を済ませて寝袋に戻った。
オシッコは絶対に飲んじゃいけない。
余計に水分を失うことになる。

2:00〜4:00
時間の経過が早い。

やることをやり尽くして疲れたのか、オシッコで喉だけは渇きが癒えたのか、この時間は眠れていたらしい。

4:30
時折り吹く強風や動物の気配を恐れながらも、落ち着いて過ごす。

静かに、死ぬということについて考える。

人生を振り返ったり、家族や友人を思う。ということは全くなくて、ただ現実的な死の可能性とその影響を考えていた。

死の準備も始めていた。

iPhoneのメモ帳に遭難の記録を打ち込んでいった。
万が一にも自殺だとは思われたくなかったから。

さらにエロ動画などの恥ずかしいファイルの削除を検討する。
万が一にも変態だとは思われたくなかったから。

でも、それは本当の本当に死ぬときにやればいいだろう。
とか、なんだろう、心のどこかで余裕が出てきていたのかもしれない。

6:00
確かに余裕は出ていた。

朝はもうすぐ。
死の恐怖はもうなかった。

斜面でモゾモゾ動き低木のトゲに引っかかったことでエマージェンシーバッグは破れて、保温機能は半減していたけれど、もう怖くはない。
吹雪も野犬も来なかった。
あとは明るくなるのを待つだけ。

イライライライラしながら、ひたすら明るくならない空を見上げていた。

8:00
ついに明るくなった。

周囲がはっきり見える。
寝袋から出て手早く荷物をまとめて、手ブラで行動開始。

バックパックを置いたそばの木に、光を反射するエマージェンシーバッグの切れ端を巻きつけて目印にして、身軽な状態で崖を降りていく。
30分くらい歩き回ると、しっかりとした人間の道を発見した。
荷物を回収して下山しよう。

ところが荷物を置いた場所に辿り着けない。
目印を付けて、風景を記憶し、13時間以上も過ごした場所がわからない。
山は怖い。

日も高くなって気温は氷点下を脱する。
再び渇きとの戦い。

ここで水を発見。
使い古したコカコーラの1.5Lボトルに3割ほど水が入っている。
地元の人が捨てたか落としたものだろう。
キャップを開けて匂いを嗅ぎ、口に含んでみる。

腐ってない!
それどころかキンキンに冷えてる。うまい!
一口飲むと一気に身体が熱くなった。肌が汗ばんだことがわかる。
少しずつ飲もうと思ったが5分と保たずに飲み干してしまった。

10:30
脱水症状が迫っていた。

2時間近くも歩き回って荷物回収を諦める。

西当に戻る道を歩いていくと芝刈りのおばさん達を発見。
身振り手振りで事情を伝えると、一人のおばさんが下まで連れて行ってくれた。

車道を歩き始めた頃から脱水症状が出た。
全身が痺れ、指は曲がらなくなった。
安心したせいだろう。

11:10
遭難地点から見えていた建築物に到着。

トレッキングのための管理小屋があり、おばさんがスタッフに事情を説明すると、すぐに白湯とカップラーメンを出してくれた。

腹に食べ物が入って僕が動けるようになると、若い女性スタッフが荷物を探しに行こう!と立ち上がった。

えー、こんな若いコで大丈夫かよー、靴もオシャレブーツじゃねーか、山慣れしたおじさんに来てほしーなー、と内心不満ながらも、このチベット族女性チャンシーに着いていくことになった。

チャンシーは大多数の若いチベット人がそうであるように、中国語は読み書きも完璧だけど英語はほとんどダメ。
ということで、筆談と絵で荷物を置いた場所を伝える。

山に入ったら、さすが山っ子。
低木生い茂る崖の中で確実に歩きやすい場所を見つけてサッサカ登っていく。
荷物を置いた場所の特徴とそこから見えた風景を分析して、ものの30分で発見。
僕はかなり高い所に迷い込んでいたらしい。

20kg近いバックパックを背負ってスイスイ崖を降りるチャンシー。
手ブラの僕は喘ぎながら後を追うだけ。
ありがたい。なさけない。
荷物が見つかってよかったね!とオシャレブーツに詰まったトゲを抜きながら息ひとつ上がらないチャンシー。
これこそ、本物の山ガール。

戻ったらお昼ご飯。
中藏折衷のおいしいおいしいランチ。
金を払おうとしたらみんなに爆笑された。

そして、ここには温泉があった。
川原の小さな天然温泉に浸かって死の垢を落とす。
この西当温泉に一泊することにして、洗濯も済ませて、あとはボーッと山や雲や馬を眺めて過ごした。

助かった。


翌日はすっかり元気になって正規の登山道を歩いた。
1000m一気に登って降りて6時間、ついに雨崩に辿り着いた。
(そんなことも知らずに、あとちょっとと思って近道を歩いていたわけで…)

雨崩は徒歩か馬でしか辿り着けない村。
メツモ峰をはじめ梅里雪山の峰々が目の前に聳える。
村には寺も学校もなくて、人間よりヤクの方が多い。

快適な安宿に泊まって僕は聖地、神瀑や日中登山隊ベースキャンプなどを見に雪山を歩き回った。

不思議なことに、それまで毎日天気が悪かった梅里雪山一帯だけれど、遭難の日からはずっと快晴が続いて山は美しい姿を見せ続け、僕が町に戻った日に再び雲に覆われた。
ま、偶然だろうけど。


教訓。
山を舐めるな。オシッコは飲むな。

内院の雨崩村

朝日に燃える梅里雪山

村のヤク

雪山とタルチョ

朝餉の炊煙

地元のチベタン

タルチョだらけ
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テーマ:海外旅行 - ジャンル:旅行

コメント

壮絶!の一言です。

遭難した時の心得、勉強になりました。理糖と色達は来年行きたいと思ってます。

  • 2013/08/04(日) 00:10:34 |
  • URL |
  • 渡辺大介 #-
  • [ 編集 ]

>渡辺大介 さん
まー、遭難なんてするもんじゃないよ。しかも、普通のとこで。
僕はこれから色達に向かいまーす。

  • 2013/08/11(日) 16:30:24 |
  • URL |
  • 41pale #-
  • [ 編集 ]

ドラッグ等のブラックな内容や死を意識した遭難など、文章と旅の内容に他のブログとは違う魅力がありますね。僕もバックパッカーですがとても面白かったです。またブログ再開してほしいです。

  • 2014/07/30(水) 11:46:58 |
  • URL |
  • #-
  • [ 編集 ]

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