世界のアッチから

馴染みのないところから色々見てみよう、というブログ。かっこよく言うとfrom the other side。

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イギリス#ブリストル "聖地巡礼"

ブリストル、そこは神々の住まう街。
神殿には楽士たちの奏でる低音が神々を讃え、路地には神像や神の言葉が描かれる。
人々は清めの煙を焚き、若人は焚きすぎて嘔吐する。
オエー。

ベースミュージックとグラフィティが好きな僕にとって、ブリストルという地方都市はロンドン以上に憧れの街だった。
いつか絶対に行く、と決めていた場所のひとつ。

5月、祝日の3連休を利用して2泊3日のブリストル旅行に出た。
よく晴れた金曜日の午後、ロンドンからの高速バスを降りて目抜き通りを歩く。

なんか、意外にきれい街だな。
それまでグラフィティのイメージしかなかったから、ハードなゲットーを想像してたけど、よく考えたら普通の港湾都市でもあるわけで、ヨットハーバーにはオープンテラスのレストランがあるし、由緒正しい古城も古い教会もある。

拍子抜けした気持ちで予約していたホステルのある通りに入った。

宿の前の通り

フランケン階段

グラフィティだらけ。
数も規模も質もロンドンを遥かに凌ぐ。

一気に楽しくなって、3日間カメラを持ってブリストル中を歩き回った。

ペンキ塗りたて

the mild mild west

men working

think local

ありふれた風景

Shake wrap and roll

かわいい壁

攻撃を受けるBanksy

面白いグラフィティを探して歩いていると自然と街の地理も把握できるし、もう一つの目的である音楽にもスムーズに到達できた。

クラブやレコード屋の多いエリアを発見して情報収集。
ネットで調べてもわからなかったイベント情報がすぐに出てきた。

ここはぜひともブリストルの地元感あふれるイベントに行きたい。
街に着いてすぐ、倉庫街のレコード屋で見つけたフライヤーはKrustのパーティー、完璧だ!
でも、それは前日のものだった。
土曜の午後、一軒のクラブの壁にSmith&Mightyのイベント告知。
しかも今夜!
ピークを過ぎたとはいえ大好きなグループ、しかもブリストルの地元の英雄。
DNBをやってくれるかどうかはわからないけれど、今夜はこれで決まり。

その夜遅く、宿から歩いていくと店内にはすでにロブ・スミスの姿があった。

ロブ、自分でポスター貼ってるよ。地元だなー。レイ・マイティは女口説いてる。地元だなー。
あれ?レイってあんなに黒かったっけ?あ、レイじゃない。ピーターDだ。そっかー、今日はロブ・スミスとピーターDが出るのかー。お、始まった始まった。二人で一緒にやるのか、いいねー。

って、それはMore Rockersのライブじゃないか!
バッキバッキの倍速だし!

うおー!踊れー!焚けー!

こうして、ブリストルの夜はブリブリと更けていったとさ。

グラフィティの街
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イギリス#ロンドン "もっとダメになれ"

タイで金を盗まれた。
大した金額ではないけれど、計画していた残りのルートの実現には足りない。
稼がなくちゃ、いかん。

治験やろう。
(この辺の発想がクズのクズたる所以。)

日本に帰る気はさらさらなかったので、早速僕はオーストラリアの治験会社に連絡を入れた。
オーストラリアならタイから遠くないし、金を手にしたらインドネシアから再び東南アジアに入っていく、というのも面白いと思った。
スペインからほとんど陸路で東へ東へと進んできた僕は、ユーラシア大陸横断というかっこいい旅のルートを崩したくない、という気持ちがあった。

けれども、アデレードの治験会社からの返事は、当分治験の予定はない、というもの。
仕方なく他の国の会社にも当たってみると、ロンドンからすぐ来てほしいとの返信。

ロンドン…イヤだ、行きたくない。

この頃は12月。
オーストラリアは夏なんだろうけど、イギリスは真冬。
なにより、スタート地点のスペインよりもさらに西に戻る、ということが嫌だった。

しかし、報酬はデカい。
しかし、真冬、真西…
しかしもかかしも真冬もない!ということで12月初旬、ロンドンへと飛んだ。

ロンドン、ガトウィック空港に降り立ったのは昼の3時。
昼の。

空港を出て、泣きそうになった。

寒い。
調べて準備して想像した寒さを遥かに凌ぐ寒さ。
慌ててバックパックの奥からダウンジャケットを取り出して着込んだ。

暗い。
昼だと思ってたのに、もう夕暮れ。
しかも、夕焼けが赤くない。
青と黄色のグラデーションはとても美しくて冷たくて、こりゃ北極圏じゃねーか、と震えながら思った。

さて、空港でしくしく泣いてるわけにもいかないので、エアポートバスと赤バスを乗り継いでハイドパーク近くの安宿にチェックイン。
狭いドミトリーに詰め込まれた二段ベッドは満員御礼。
世界中から集まったツーリスト、ではなく、東欧やら南欧やらの安めのEU圏内から職探しに来た若者でいっぱい。タコ部屋じゃねーか。
まー、自分も観光に来たわけじゃないからノリは合うんだけど。

街は寒い。もう、無茶苦茶寒い。
持っていた冬服を総動員して重ね着しても寒さに耐えられない。

メシは高い。そして不味い。
3ポンド(当時1ポンド=約120円)じゃ満腹になれないし、5ポンド払ってもロクなもんは出てこない。
不味いサンドイッチというものを初めて食べてカルチャーショックを受ける。

でも、すぐに治験で病院に入っちゃうんだし、ほんの少しの我慢だ!

ロンドン郊外の治験病院で健康診断を受けた。

結果は落選。
尿から大麻反応が出ちゃった。

ムリもない。
健診の5日前、ラオスの首都ヴィエンチャンで飛行機に乗る直前まで吸ってたんだから。
ガンジャだけじゃなく、あんなものやそんなものまで。

こりゃ、終わったな。
と肩を落としかけたが、そこは英国。対応が大人。

大麻反応以外では、僕は血液などすべてのデータが問題なし。てゆーか理想値。
尿中の大麻成分は2〜3週間で抜けるから、1ヶ月後に行われる同内容の治験に再チャレンジしませんか?という素晴らしいご提案。

こうして、真冬のロンドンで極貧生活が始まった。

1ヶ月余計にこの街で暮らす、治験報酬が手に入るのも予定より1ヶ月遅れ、そこまでの生活資金はギリギリ。
治験会社の人からは、次の健診まで吸わないでねと釘を刺されたけど、そもそもそんな金はない。

共同キッチンの使いやすい韓国人宿に移り、テスコやセインズベリーといった有名激安スーパーで食材を買って自炊を始めた。
移動は極力徒歩。
防寒着も激安チェーンで購入。

まさに爪に火を灯すような赤貧ぶり。
数日前まで南国でうまいもの食べてジョイントに火を灯していたブリブリ生活が夢のように遠く感じられた。

だけど、後悔はしていなかった。

ロンドン行きを決めたとき、周囲のみんなが反対した。
金を盗まれたと言っても、東南アジアやインドならしばらく遊べるだけの金は残ってる。稼ぐなら日本に帰って働くべきだ。治験だって日本でできる。高い航空券買ってロンドンまで行って治験に参加できなかったら最悪だ。
と。

その通り。
みんなの言う通りだ。

事実、予定していた治験には参加できなかった。
落選の時点なら残りの金で帰国することもできたけど、それも捨てた。
僕はロンドンに留まって次のチャンスに賭けた。

自分は、自分だけは、うまくいくとわかっていた。

東南アジアですべてがうまくいき、気持ちも体調もこれまで生きてきた中で最高の状態まで登り詰めて、そのすべてが頂点に達した満月の夜から、すべてが暗転した。

流れがある、と思った。
物事がうまく進む流れの後には悪い流れがある。
良い方向に強く流れれば、次には同じくらいの強さで悪い流れがやってくる。
中途半端な流れには、やっぱり中途半端な反応しか来ない。

それなら、とことん悪い方向に進もう。
もっともっとダメになれば、次はきっと面白いことになる。
ギリギリまで攻めるチキンレースみたいなもんだ。
失敗したら笑って諦めればいいや。

年が明けて2012年1月初旬。
治験の健康診断、再チャレンジはあっさり合格した。

1週間入院して1週間街で過ごす、というのを3回繰り返し、前後検査も合わせて1ヶ月半。
最後に病院を出た次の日には旅仲間の紹介してくれた仕事を始め、イーストロンドンの激安シェアハウスで優しいバングラデシュ人夫婦やガーナ人女性と暮らし始めた。

ビザなし滞在期限、6月までの約4ヶ月。
この寒くて暗くて高くて不味い街で、僕は絶好調だった。
仕事は日の高い時間に終わり、暗くなるまで自転車でロンドン中を走り回った。
週末の夜は日本では考えられないような素晴らしいイベントに何度も足を運んだ。
そもそもこのロンドンは自分が10年以上夢中で聴き続けたドラムンベースの本場。ずっと憧れてきた街なのだ。
生活には意外と金はかからず、遠慮なしに遊びまくった。
ロクに英語も話せないくせにロンドナーぶってゲラゲラ笑って暮らした。

流れは掴んだ。

ロンドンの馬

ノッティングヒル

ハイドパークの白鳥

クリスマスの天使

リージェントストリート

タワーブリッジ

イーストロンドンの黄色い壁

近所のスケートボードパーク

町内掲示板

ロンドンの自転車

日向ぼっこする鳩

神の目

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