世界のアッチから

馴染みのないところから色々見てみよう、というブログ。かっこよく言うとfrom the other side。

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タイ#パンガン "有頂天のその先は"

2011年10月12日、満月。
タイ、パンガン島ハードリンビーチ。

ビーチの大半がダサダサなフルムーンパーティーの中にも1割くらいは楽しめるところはあって、それを目当てに僕は半月前から島入りしていた。
天候、音楽、気力、体力、お野菜にお肉。すべてを最高の状態に整えて、僕はサイコーだった。

まさに有頂天。

そして、有頂天という言葉が使われる文脈が良いものではないように、ここから見事なまでの災難続きとなる。


災難その1

「ドン、乗ってけよ!」
僕のことをドンと呼ぶシンガポール人アフィクから声をかけられたのは、東の空が白みはじめ満月が西に傾いた頃。

僕は彼といつどこで友達になったのか記憶がないけれど、それはこの島ではよくあること。
そして、バイクを運転できる状態でない者がレンタルバイクを乗り回してるのもこの島の日常。

いつもなら断って歩いた。
しかし、日の出の瞬間をサイコーな状態で楽しみたかった僕は、行きつけのバーに急いでいた。

フワフワな二人を乗せたスクーターは潮風の中を軽快に走り出し、2分で転倒した。
右半身を血まみれにした相棒は病院に連れていかれ、右肩と肘から出血しただけの僕は傷を洗ってバーに向かった。

「オヤジ、ポンジュースおくれ!」
怪我は意外に重く、肘の肉はえぐれ、その後全治に1ヶ月を費やすことになった。


災難その2

「Mちゃんが昨夜からいないんだよ!」
何度か一緒にパーティーに行った日本人の男の子から声をかけられたのは、死屍累々のビーチに太陽が高く昇った頃。

これまた何度か一緒に遊んだ女の子コンビのうちの一人がパーティーの始まった頃から行方不明になってるという。

数人でビーチ周辺のバー、クラブ、レストランを片っ端から探すが見つからない。
この島でこの日、女の子が行方不明…最悪の事態が頭をよぎる。
さらに、彼女たちの泊まっているバンガローに行くと、窓ガラスが割られていた。
深夜、みんなが出掛けている間に空き巣が入ったんだ。

幸いにも部屋には貴重品を置いていなかったので、なにも盗られてはおらず、やがてMちゃんも無事に帰ってきた。

本当に無事かどうかはわからんけども。

サンライズビーチの昼

淡い花

サンセットビーチのサンセット

光る窓辺

サンライズビーチのボート

ハードリンの路地

ビーチの帰り路

光るヤシの実


災難その3

「お前のバスは違う。こっちだ。」
バス会社の兄ちゃんに声をかけられたのは、バンコク行きの夜行バスを待って待って待って、待ちくたびれた頃。

満月のあと、観光客の激減したパンガンで僕は静かで平和な1週間を満喫し、ようやく島を出た。
島の旅行代理店で買ったフェリーとバスがセットになったジョイントチケットを持ち海を渡った。
バス会社の待合所で出発を待っていると、お前は違う、別の会社、別の会社、とバス会社をたらい回しにされ、5度目に社名がタイ語だけで英語表記されていないバスに乗せられた。

現金、クレジットカード、トラベラーズチェック、パスポートは腰に巻いた貴重品ポーチに入れていた。移動のときはいつもそうしてる。
けれども、腕の傷をかばって寝心地が悪かったから、いや、単なる油断から、ポーチを外して足元のバッグに放り込んだ。
2010年2月の旅行開始から1年8ヶ月、モロッコでもトルコでもパキスタンでもインドでも盗難被害に遭わなかった僕は油断していた。
しかも、ここは何度も来ているタイ。微笑みの国、タイ。マイペンライ。

翌朝バンコクに到着して宿でバッグを開けると、現金だけがきれいに消えていた。
ドル、円、バーツ合計10数万円、やられた。


災難その4

「川から離れた宿に移りなさい。」
バンコクのお巡りさんに声をかけられたのは、宿の玄関の水位が上がり庭には体長2メートルのオオトカゲが泳いでいた頃。

ときはタイ大洪水。
バンコク北郊のドンムアン空港は水没し、バンコク市内でも所々で冠水が発生していた。

そして僕は、チャオプラヤ川沿いの美しいウォータービューが自慢の安宿にいた。
床上浸水で1階部分は閉鎖。見事なウォーターインゲストハウスとなった宿に泊まっていた僕は、金を盗まれてそんなことには構っていられなかった。

洪水バンコク

足は水に浸かり、腕には包帯を巻き、財布に金はなく、1週間前とは別人のようにしょぼくれた僕は、しかし、その後1ヶ月に渡って洪水バンコクを遊び倒した。

超、楽しかったです。
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タイ#ハジャイ "はじめてのキンタママッサージ"


タイには、タイマッサージがある。
これは、日本でもすっかり有名になった。
東京には、あっちこっちにタイマッサージ屋がある。

そして、タイマッサージには、キンタママッサージがある。
これも、そこそこ有名になったと思う。
本やネットには、あっちこっちに情報がある。

しかし、有名なことと普及していることとは別だ。
俺の日本での友人知人暇人変人からも、経験したという話は聞かない。
これまで4度訪タイしてる俺も、まだ経験していなかった。

先日、マレーシアからタイに入った。
ペナン島で買った地図以外、ガイドブックなどの旅行情報はない。
そして、たとえ情報があっても意味のなさそうな、なにもない街ハジャイにやってきた。

ハジャイの市場
ハジャイのありふれた市場。
味のあるおばちゃんが映り込んでるけど、タイではフツー。

とはいえ、名物くらいはあるだろうと、
ネットでハジャイについて調べてみると、
どうやら、この街ではキンタママッサージが盛んらしい。

いがぐり頭

キンタママッサージ。
英語で言うと、マッサーピンポン(英語か?)

一応、知らない人のために説明しよう。
キンタママッサージとは、読んで字の如く、睾丸を揉みほぐすことだ。
効能は、よくわかんないけど、男性機能活性とか、そんなもんでしょう。
マッサージ師は女性で、客は当然男性なわけだが、性風俗の類ではない。
あくまでもタイ古式マッサージの正統メニューだ、と思う。
その伝統文化を体験しよう、という趣旨だ。

さて。
いくつかのブログを参考に、良さげな店がある地区へ下見に出掛けたわけだが、
普通のマッサージ屋が多過ぎて、どれがどれだか判別できない。
看板やウィンドウには、OIL MASSAGEとか脚底按摩とか書かれてるけど、
キンタマらしき表記は見当たらない。

腹もすいていたので、一時中断。
屋台の汁そばをすする。
すると、相席していたニイチャンが、
突然ポケットから錠剤を出して見せてきた。
「なにこれ?睡眠薬?」
「ノー。インド製のバイアグラだよ。」
あっという間に話は下ネタで盛り上がり、タママッサーについて尋ねると、
技術も値段も確かだという店を紹介してくれた。
また、タママッサーをするなら30歳以上のマッサージ師がよい、
20代は技術がないのでスペシャルマッサージ(ヌキ)で誤魔化す、とも教えてくれた。

灯りとリョウ

2分で意気投合したリョウ(37)。
中華料理屋で働くかたわら、
マレーシアやシンガポールから遊びに来るお父さん方にバイアグラを売りつけ、
その売上でガンジャを吸いまくってる因果な男。


翌日、まだ明るいうちに教えてもらった店へと向かった。

中南古方按摩院
繁華街の路地裏のホテルの2階、という完璧すぎる立地。

ガラス張りの扉を押し開けると、
壁際の長椅子にずらっとマッサージ師が座っていて、一斉に視線が俺に集中する。
それを見ないようにして、受付のおばちゃんに
「マッサーピンポン、プリーズ」と伝えると、
ボディマッサージ1時間300バーツ、ピンポン200バーツ、計500バーツとのこと(多分ボラれてる)。

階段を昇ると、廊下に沿ってマッサージルームの入り口が並んでいる。
入り口にドアはなく、長方形に切り取られた穴をカーテンが覆っている。
カーテンの前で靴を脱いで入室するのだが、ほかに靴の置かれた部屋は見えない。
どうやら、客は今、俺だけらしい。
中に入ると、マッサージルームは意外に広く、
10畳ほどの清潔なフローリングにマットが4つ並んでいる。
壁掛けのクーラーと部屋の隅のブラウン管テレビ以外には、
なんの家具もない殺風景な空間をほの暗い暖色の照明が助けていた。
なんだかマンヘルみたいだな、と思った。

いやいや!
風俗じゃないんだってば!
裏フーゾク潜入ルポみたいな書き方はやめよう。

さて。
案内のおばちゃんはバスタオルとタイパンツを手渡し、
着替えるよう指示するとさっさと部屋から出ていった。
実はタイパンツすら初めてな俺が着替えに手間取っていると、
再び入室してきてサッと腰の余り部分を結んで固定してくれた。

「ありがとう」と照れながら顔を上げると、
先程とは別の女性が目の前に立っていた。

年の頃は40前後。
長い黒髪を後ろでひとつにまとめ、豊満というよりもふくよかな肉体を、
ユニフォームであるポロシャツとストレッチパンツで隠している。
地味ながら均整のとれた目鼻立ち、白くハリのある肌は、
彼女のこれまでの人生が平凡な幸せで彩られていることを連想させた。

違う!
これじゃ官能小説だ。
「塾女専科~主婦のイケないアルバイト」なんてタイトルが似合う。
大宮駅新幹線ホームのキオスクで販売したいね。
売る自信があります!

はい。

つまり、
どこにでもいるフッツーのおばさんがマッサージ師として登場したわけ。
これは技術的に期待できる感じだけど、
若いマッサージ嬢じゃなくて、
ほっとしたような、がっかりしたような。

まずはうつ伏せになって、お馴染みのタイマッサージ。
背中や腰、脚を揉んだリ、両足を絡めてパロスペシャルみたいなアレとか。

姿勢を仰向けに変え、ボディマッサージが続く。
ここで気が付いたんだが、おばちゃんの顔はさっきからずっと横を向いている。
音楽ばかり大仰な安いテレビドラマに見入りながら、
洗濯物でも畳むような手付きで俺の身体を折り曲げる。
いい加減だなー。
ま、気持ちいいから構わないけど。

1時間といいつつ、45分程で終わってしまうのは、
タイマッサージとテレビドラマの共通定理。
テレビ画面がニュース番組に切り替わって間もなく、
おばちゃんの口からピンポン開始が告げられた。

バスタオルで隠しながら、施術衣とパンツを脱ぎ捨てる。
おばちゃんの指図の下、仰向けになり、脚を開く。
俺の両脚の間に座ったおばちゃんが、
準備していたプラスチックの籠から小さなボトルを取り出す。
マッサージオイルだ。
オイルを左手の平に垂らす。
同時に右手が伸びてきて、俺のTシャツをめくり上げる。
オイルの冷たい感触と共に、ググッと腹部が圧迫される。

「え?お腹?」
「そう。お腹を揉んだあとにピンポンやるといいのよぉ。」
あ、そうですか。

なんだか、拍子抜けだ。

ネコのワン
今回は写真がほとんどないので、イメージでお伝えします。
仰向け、お股おっ広げの様子を再現してくれたのは、コピーDVD屋の看板猫、ワン。
…ふざけた名前つけやがって。

お腹というよりも、胃腸そのものを刺激するように、
ときに力強く、ときに優しく揉み上げていく。
大腸に沿って「の」の字を描くように揉んだりして、
こりゃ便通に良さそうだわい、などと考えていたら突然タマ袋にオイルが塗られた。

来た。

そう自覚したとき、
オイルはすでにタマ、棒、辺縁部、蟻の戸渡りにまで塗られていた。

ゴリッ。ゴリリリリリ…。
指の腹で絶妙な圧力を加えつつ、左右のタマを交互に引っぱっていく。

むぐっ。うぎぎぎぎぎ…。
痛いような、苦しいような、気持ちいいような複雑な感覚に、
食いしばった歯の奥から声が漏れる。

何度も、何往復も、タマは行ったり来たりを繰り返す。
この様子を無理矢理なにかに喩えるなら、運動会の大玉転がしだ。
澄み渡った秋空の下、金玉第二小学校の児童は、
赤組白組に分かれて二つの大玉を転がしていく。
赤勝て、白勝て、エイエイオー!
今こそ放課後の練習の成果を見せるとき。
みんなの手から手へ、大玉は淀みなく転がっていく。
ゴロロロロロ…。

競技種目は、もちろん大玉転がしだけじゃない。
リレーの選手たちがリンパ線トラックをグルグル駆け回る。
凸凹戸渡りコースを、親御さん方(親指)が力づくで押し通る障害物競争。
そして、またも大玉転がし。
赤勝て!白勝て!
繰り返し、リレー、障害物競争、大玉転がし、リレー、棒倒し。

え!
棒倒し!?

運動会が盛り上がるにつれ、いつの間にか校庭の中央では、
天高く突き立つ棒が用意されていた。
そこに5人の選手がしがみつき、上へ下への大騒動。
棒の先端を捕らえ、揺さぶりにくる者もいる。
上へ、下へ、アップ、ダウン、アップ、ダウン、アップ。

「ノーノーノー!そっちはいいからっ!」
「うーん(笑) オーケーイ。」

再びおばちゃんの指がタマを転がす。

あぶねー。
危うく気持ち良くなっちゃうとこだったぜ。

言い訳させてもらうけど、
勃っちゃったのは、別に興奮したからじゃない。
股間への物理的な刺激に対する生理反応だ。
なにが悪いかと言えば、俺の身体の若さと健康が悪い。

実際、俺自身もすでにこの状況に慣れつつあり、
頭はおばちゃんと同じ方向、テレビ画面に向かっていた。
「これ、チェンマイ。洪水なのよー。」
「えー、大変なことになってるねー。」
などと、のどかに世間話を交わすまでになっていた。

薄暗い部屋に、アナウンサーの早口が静かに響く。
早口のタイ語って、漫談みたいだ。
上半身はすっかり冷静になっていた。

しかし下半身では、
玉二小の校庭が益々盛り上がりを見せていた。

何度目かわからないほど繰り返された大玉転がしは終盤を迎え、
ゴロゴロゴロゴロゴロッ!と玉は熱く強く疾駆していた。
フレッフレッ赤組!
フレッフレッ白組!

もう、おばちゃんが頼もしい応援団長に見えてくる。

赤っ!ゴリゴリゴリッ、ワー!
白っ!グリグリグリッ、ワー!

競技っ終了!
赤組、白組、引き分けです!
ワー!パチパチパチッ…。

終わった。

最初は怖かったけど、
やってみたらフツーに気持ちよかったな。

ほっと息をつく俺を見下ろして、しかし、団長は言った。

「フィニッシュ、する?」




この先は、
言わぬがナハ。

ハジャイの橙の花

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マレーシア#トゥルッ・インタン ”ジャングルにお報せする時間”

キーン、コーン、キーン…カーン!

静かな田舎町に、調子の外れた鐘の音が響き渡ります。
この町の唯一の名物”傾いた時計塔”が「~時ゼロ分」と告げているのです。
耳の後ろで突如始まった大音響に驚いた日本人が、
立ち入り禁止の最上階から慌てて駆け下ります。

クアラルンプールから空調過剰サービスのバスに乗って2時間半。
新興住宅地も工業地帯も車窓から消えると、
あとはジャングルとジャングルのような大規模プランテーションだけの緑の海が広がります。
その樹海の中に、ぽつんと島のように浮かぶ町がトゥルッ・インタンです。
ちょうどΩ字型に三方を川に囲まれたこの町は、実際島のようなものでしょう。

外国人旅行者など滅多に訪れることのない町ですが、
カメラを持った日本人が歩いていても、別段珍しがられることもありません。
田舎といえども、多民族国家マレーシア。
マレー人、華人、インド人が隣り合わせて暮らしているからだと思います。

この日本人、つまり僕も中国茶室の2階に泊まり、
マレー料理を食べ、ヒンドゥー寺院の軒先で午後の暑さを凌いでいるのです。

確かに傾いている!


繁華街というにはあまりに静かな時計塔広場から、僕は散歩を始めます。
食堂やスーパーマーケット、服屋や電気屋を冷やかしながら、5分も歩くと住宅地です。

インタンのピンクの花

花咲く静かな道。
ブーンと遠くでバイクの走る音。
どこかの家から聞こえるタミルポップス。
なぜか間近で聞こえる燕の鳴き声。

パラソルをさして歩くおばさん

下水を流れる花

フェンスに咲く花

モスク、ヒンドゥー寺院、関帝廟もそこかしこにあるものの、
昼間は放置されたように静まりかえっているのです。

バナナやパパイヤ、マンゴーを育てている果樹園に人の姿はなく、
久しぶりにヨソモノを見付けた番犬がちょっと吠えてみるだけ。


川辺に出ると、マレー半島らしい風景に出会えます。

ジャングルの渡し舟

平坦なジャングルに、蛇のようにウネウネと曲がりくねった泥川が寝そべっています。
静かな流れは、しかし、なかなか速く強い流れでもあることを
桟橋に次々ひっかかるホテイアオイが教えてくれます。

川面には、小舟を浮かべて釣りをする親父がいて、
川辺には、茶店や祠や子供がガジュマルの気根の下にあります。

ジャングルの釣り親父

ガジュマル茶屋

はにかむ子供

庭先の百合


渡し舟で町の外に出ると、いよいよ静けさも極まってきます。

明るい緑と暗い緑

ほとんど人の通らない道の両側には、油椰子園がはてしなく広がっています。
整列して植えられた椰子の木が、宮殿の列柱のようにそびえ、
内部に入るとまるで巨大な遺跡にいるような錯覚にとらわれます。

椰子の宮殿

椰子宮殿の外は、燕の声が町にいるときよりも大きく、近く響いています。
4~5階建てのコンクリートのビルで燕を養殖し、巣を採っているのです。
コンクリート壁のところどころに開けられた窓がスピーカーとなり、
数千羽の燕のせわしなく鳴く声がジャングル中に響き渡ります。

燕の歌に、やがて遠くで轟く雷鳴が加わり、
僕はスコールが近づいていることを知ります。

夕暮れのスコール

川辺の東屋でミロを飲みながら、僕はスコールが過ぎるのを待っています。
マレー人の若者がなにか話したそうにしているのですが、
彼の拙い英語を聞きつつも、僕は涼しい風と疲れでベンチに眠りこけてしまうのです。

音もなく現れたオオトカゲ
川岸にじっと座っていると、1mを超えるオオトカゲが音もなく現れたりします。

マレーシアの猫はよくしゃべる
マレーシアの猫はよくしゃべり、よく食べ、よく寝ます。


日が沈むと、町はようやく活気付きます。

ライトアップされた時計塔

時計塔はLEDでライトアップされ、
ナイトマーケットではサテーやカキ氷、コピー商品で賑わいます。
中国寺院を覘いた僕は、中でカラオケを熱唱する老夫婦に呼ばれ、
延々と歌謡曲を聞かされることになるのです。

時計塔はまた、思い出したようにキーンコーンと何時かをお報せするわけですが、
このジャングルに囲まれた町では、
あまり役に立っていないように思われるのでした。

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