世界のアッチから

馴染みのないところから色々見てみよう、というブログ。かっこよく言うとfrom the other side。

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中国#理塘 "理塘的冬天"

梅里雪山で命拾いした僕は完全に良い流れを掴んでいた。

メコン川を離れて、今度は長江源流の金沙江に沿って、雲南チベットから四川チベットへと入っていった。

公共バス路線の通じていない辺境。
早くても2日はかかると予想した道を1日で走破。
途中の町でたまたま巴塘(バタン)から来たミニバンを見つけ、格安快速で行けてしまった。

町はずれの祠

バタンの市場

燃えるヤク


喫茶店に飾られた小さなツリーだけが、世界がクリスマスだと思い出させてくれた巴塘を後にして、ずっと前から行きたかった街へ。

リタンへの道

岩と氷の荒野を走り抜けて辿り着いた理塘(リタン)は標高4000mの
聖地。
1580年にダライ・ラマ3世が建立したチャムチェンチョェコルリン寺(リタン・ゴンパ)と草原の間の小さな町。
ここは歴代ダライ・ラマが二人も生まれている。(7世と10世)
1950年代には共産党政府に対する大規模な反乱"カム反乱"の震源地となった場所で、これがやがてチベット動乱へと発展し、ダライ・ラマ14世のインド亡命に繋がる。
とまー、理塘は色んな意味で全チベットの中でも重要な町。
ツーリストにとっては、鳥葬が観られる町としてそこそこ知られてる。

理塘に着いたのは、寒い寒い夕暮れ時。
さすがに宿はたくさんあるので片っ端から訪ねていった。
しかし、ほとんどの宿が閉まってる。冬季休業だ。
わずかな営業中の宿もシャワーが出ない。
中国の田舎では長距離トラックのドライバーが泊まる宿にシャワーがないことは珍しくはないけれど…。
唯一ホットシャワーが使えると教えてもらった中級ホテルの玄関には大きな看板に「日本人お断り」の熱烈歓迎メッセージ。

まともな安宿を探して歩き回っていたら、若い漢人カップルに声をかけられた。
いきなり「うちに泊まらないか?タダで」と。
二人はその時ユースホステルを建設中で、サービス面の研究のためにも外国人旅行者を泊めて話を聞きたいという。

僕は一応警戒のポーズは示したものの、二人は信用できると直感して家についていった。

冷蔵庫みたいなボロ部屋に泊まろうとしていた数時間後、僕は公共団地の清潔な部屋でコタツに入って火鍋を食べていた。
しかも、日本のテレビ番組を観ながら。しかも、Wi-Fi完備。

うまくいくときは、なんでもうまくいく。

トンとアニーとは話も合った。

トンは同い年のバックパッカー。
世界中、チベットの奥地まで自転車で旅してきた猛者。
世界地図を前にしたら僕たちは何時間でも話していられた。

アニーは日本が大好きで、最近のお気に入りはドラマ版「孤独のグルメ」。
北区や板橋区といった恋愛モノでは決して映らないリアル東京に目を輝かせていた。

翌日は彼らの友人でチベット人教師のジョマの家にランチに誘われた。
バター茶に始まり、チベタンブレッド、ヤクの焼き肉、ヤクの煮込み、そしてヤクの刺身(わさび醤油で!)とヤク尽くしの豪華ランチ。
家の子供たち、ネコ、チベタンマスティフ、子ヤクらと遊び、ダライ・ラマ14世の肖像の飾られた仏間も見せてもらった。

ガレージの干し肉

ヤクずくし

正月パーティー

理塘は町も面白い。
雲南のチベット人社会はかなり中国化して薄い印象があったけど、四川は濃厚。
民族衣装をバチッときめて肩で風切る大男たち。
無数の三つ編みを貴石で飾った女たち。
朝から晩までマニ車を回してブツブツお経を唱える老人。
ゴンパの周りは五体投地礼で全身埃まみれになった人があっちにもこっちにも。
人も牛も鳥も犬も猫すらも巨大。
交差点には武装警察が常駐していて、役所前は厳重なバリケードで守られてる。

中国政府はチベット人が怖いんだ。
怖くて怖くて仕方ないから弾圧するんだな、と西部劇みたいな風景の中にいて実感した。

リタンの夕暮れ

背中あわせで祈る

五体投地礼

噂話する僧侶

コルラする人々

マスティフ

町を一歩出ればそこは荒野。
なにもなさそうに見えた荒野には、実は温泉が点在してる。

満月の夜、気温-20℃の中で入った荒野の露天風呂は本当に気持ちよかった。

町に帰るヤク

静かなヤク

さて、1週間以上この町にいて、僕がなにをしていたかというと、鳥葬を待っていた。
町外れの丘に毎朝通い、今日もない、今日も死なない、と町民が死ぬのを悪魔のように待っていた。

午後からはやることもないので、トンとアニーの宿作りを手伝う。
建物やサッシは地元の大工に任せていたけれど、節約のために出来ることは自分たちでやろう、と二人は水回りの設備に苦心していた。

上水道からポンプで水を上げ屋上のタンクに溜める。
日曜大工のお父さんでもマニュアルに従えばできる作業。
しかし、しつこいようだが、ここは標高4000m、夜の気温は-20℃。
水道の水圧は不安定。
パイプの中で水は凍ってあっという間に詰まってしまう。
おまけに工具を使う電力も不安定。

地面に大きな穴を掘りタンクを沈め、水道管とポンプを繋ぎ、屋上に水を上げる。それを給湯器に通して建物全体に給水する。
タンクと水道管をラバーシートとメタルシートでくるんで水の凍結を防ぐ。

毎日暗くなるまで、ときには暗くなっても寒風の中三人で作業を続けた。
はじめて屋上のタンクに水を引いたときは飛び回って喜んだ。

そうこうするうちに年は明けて2013年元旦。

再びジョマのうちに呼ばれてお正月のご馳走をいただきながら、未だに鳥葬が見られないという話になった。
毎朝、夜明けに起きて通ってるのに、と言ったら笑われた。
鳥葬は夜明けと同時に始まるのだという。

翌未明、真っ暗な町を出て鳥葬の丘へ。
野犬の群れが騒いでる。
昼間はのんびりしてる犬も夜は鬼の形相。
あっという間に包囲されて、今にも食い殺さんばかりの勢いで吠えかかってくる。

しかし、こちらも伊達にアジアを3年もウロウロしてきたわけじゃない。
暗闇の中でゾンビ犬に包囲されるのは初めてじゃない。
逃げたら追われる、攻撃したら乱闘になる、とわかっている。
振り返らず、一歩も引かず、心を仏の如く静かにして立ち尽くす。
しばらく吠えていた犬たちも勢いを削がれて一頭また一頭と興味を失って去っていった。
それでも2頭くらいは気を放ち続けている。

朝になれば、朝日が差せば彼らは大人しくなる。
一日で最も寒い夜明け前、ガタガタ震えながら僕は野犬の中に突っ立っていた。

冷たい空が白んで荒野が朝日に照らされると、鬼たちは犬に戻った。

強張った体をほぐしていると、遠くから数台の車が近付いてきた。
バラバラと停まった車から男たちが降りてくる。
そのうちの一台から大きな荷物が引きずり出される。

あっという間に始まった鳥葬。

丘の中腹に転がされる遺体、男だ。
職人が小刀で体を切り開く。
周囲にはとっくに巨大なハゲワシの群れができている。
遺体から男たちが離れる。
一斉に鳥たちが食らいつく。

鳥葬のはじまり

鳥葬

大騒ぎのカーニバル。
腸を引き摺り、かたまり肉を奪い合う。

しばらくすると鳥を追い払って、再び職人が刀を使う。
切り刻んで食べやすいように。
また、ハゲワシ。
再度、追い払い斧で骨を砕く。
ハゲワシ。
食いが悪くなると、食用油や調味料も混ぜる。

1時間後、地面には骨の破片の他にはなにも残っていなかった。
パーティーへの参加を厳しく拒絶されていた犬たちが、なにもない地面をみじめったらしく舐めている。
ハゲワシたちは満足して山の向こうに帰っていった。

美しい鳥葬を見て、僕はその日のうちに理塘を出た。
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中国#梅里雪山 "はじめての遭難"

中国に入って半月、雲南省麗江の宿でチベット自治区の地図を手に入れた。
ついでにパーミットなしで自治区入りするルートも教えてもらった。

2012年12月、共産党大会を終えたばかりの中国。
新政権もチベットに対しては強硬路線で行くことがニュースで伝えられていた。
チベット自治区入境許可証(パーミット)は団体ツアーに参加しなければ取得できないうえに、日中関係の悪化から日本人はそれもダメ。闇バスも今はない。

合法的な個人旅行は絶望的。
今回はチベットに行くのは諦めよう、と思っていたところに地図と情報。
あらら、チベットに呼ばれちゃったよ。

よし、行こー。

適当な情報と適当な装備と適当なノリで向かったのは、雲南西藏ボーダー数十キロ手前の飛来寺(フェイライス)。
ここはもうチベット人社会。
雪降る朝、チベット自治区内に向かうバスを路上で捕まえる。
(バスターミナルでチケットを買うには身分証明書を提示しなければいけないので。)

途中のオシッコ休憩の際で、しかし、あっさりと僕は外国人だとバレてしまった。

ドライバーに放り出されたのは、国道沿いの工事現場。
標高3000m超。
雪は止んだが無茶苦茶寒い。
ヒッチハイクしても誰も停まってくれない。
そもそも車がほとんど来ない。

よし、チベットは諦めた。

その代わり、ここで遊んでいこう。と目の前の山を見る。

梅里雪山(メイリーシュエシャン)。
長江、メコン川、サルウィン川という3本の大河が並走する三江並行という特殊地形に6000m級の高峰が13連なり、主峰カワカブ6740mをはじめ全峰が未踏峰。
(1991年カワカブ登頂を目指した日中合同登山隊17名が雪崩により全滅。)
しかも、チベット人にとってはカイラスに次ぐ聖山で、チベット自治区からも巡礼者が訪れる。
もちろん世界遺産。

メコン大渓谷

12:00
工事現場のチベット食堂で昼飯ついでに道を教えてもらって歩き出す。

目指すは梅里雪山内院の村、雨崩(ユボン)。
メコン川源流の大渓谷をずーっと降りて行く。
チベット族の村を通り過ぎ、吊り橋を渡り、埃っぽい未舗装路を延々と歩く。
後日、同じ道を車で戻ったけど、よく20kg近い荷物背負って歩いたなー、バカだったなー、と我ながら呆れた。

西当村

15:00
西当(シダン)村に到着。

地図を持ってないから知らんけど、雨崩は次の村なんだから近いんだろー、と休憩も取らず水も食べ物も買わずに、村人に近道を訊いて山に入った。
18時を過ぎると暗くなるので、僕は急いでいた。

地図なし、水なし、時間なし。

僕は完全に山を舐めてた。
ベロッベロッに舐めきってた。

ぐるりと山を迂回する車道から外れて、村人と馬しか使わない山道を歩き出す。細くて険しい近道。
馬を連れた村人やはためくタルチョもやがて姿を消し、誰もいない道を歩く。
重い荷物、急な坂道、高い標高…すぐに息が上がる。

道は意外にも幾本にも枝分かれしていた。
この時はまだ理解していなかったことだけれど、この道は村と村を結ぶ近道としてだけでなく、芝刈り用の道でもあった。
枝分かれした道の木は枝が切られ、馬糞やタバコの吸い殻も落ちていて、いかにも村へ通じる道に見える。素人目には。

人間の痕跡も少なくなり、低木は迫り出してトゲが服やバックパックに引っかかる。
それでも道(らしき跡)は続いていて、先へ先へと導く。
獣道に入っちゃったかな、と不安になると人の足跡があったりして勇気が出る。

ここで最も必要な勇気は引き返す勇気だったけれど、それは面倒くさい、という気持ちが抑える。
苦労して歩いてきた道を戻るのは、とてもとても面倒くさい。
次の尾根を越えれば、あの岩を越えれば、きっと見通しがつくだろう。

17:30
どこで道を間違えたのかは、わからない。

間違えたとはっきり認識したときには、もう元来た道さえわからなくなっていた。
とっくに道ではない場所を歩いてきたのだ。

日が暮れようとしていた。
あ、死ぬ。と思った。

5分くらいだったろうか、パニックになって低木だらけの崖を駆けずり回った。

崖の下には車道が見える。
遠くには建築物も見える。

大声で呼び掛けてみた。
思いっきり、出せる限りの大声を出した。
返ってくるのはヤマビコだけ。人間の反応はない。

自分の立っている場所を見た。
両手を使わなければ移動できない断崖絶壁、トゲだらけの低木と迫り出した岩。
進むことも戻ることも登ることも降りることもできない。

よし、ここで寝よう!

大きな声を出して自分に言い聞かせた。
その一言で冷静になった。

低木の間のわずかに傾斜の緩い場所を見つけてバックパックを降ろし、汗で濡れたTシャツを着替え、できる限りの重ね着をする。
使うことはないだろうと思っていたエマージェンシーバッグと寝袋(10℃対応)を重ねて、中に入ってみる。
寒くない!これならイケる。

18:40
寝袋に入るとすぐに暗くなった。

暗闇の中で状況分析と下山の方法を考える。

暗い中では動けない崖。
見通しを効かなくし、トゲが引っかかって動きを遮る低木。
水も食料も6時間前に切らしている。
疲労は限界だが寒さはしのげている。
夜明けは午前8時、それまで13時間。
これが与えられた条件。

ここで死ぬとすれば、最も可能性が高いのは滑落死だ。
明るい時間でさえ、一歩間違えれば転げ落ちる急な崖にいる。
では、滑落に繋がる事態はなにか?

1) 吹雪などの天候悪化で寒さに耐えられなくなり、風雪を防げる場所を探して暗闇の中歩き回って滑落。
2) 野犬などの動物に襲われて、戦ったり逃げる際に滑落。
3) 渇きが限界を超えて脱水症状に。フラフラになって滑落。

1)と2)は運次第。
3)に関しては、一日水を飲まなくても人間の身体は耐えられるとわかってはいるものの、喉の渇きは尋常じゃなかった。

水なしで既に6時間も山道を歩いてきたこと。
標高3000m前後なので呼吸のために通常以上の水分を消費していること。
二つの理由から、渇きは相当進行していると判断できた。

20:20
目を閉じても眠れない。

急斜面の中で身体を折り曲げているので、完全に力を抜いてリラックスすることができない。

遥か遠くには、朝まで滞在していた飛来寺のホテルの明かりが見える。
遠くにネオン、眼下に車道が見えて、近所の人が日常生活に使う、そんな当たり前の風景の中で死ぬかもしれない。
死ぬっていうのは、間抜けで壮絶なもんなんだなーと考える。

21:30
喉が渇く。喉が渇く。

水が欲しい。なにかないか?
そうだ、水筒の中に濡れたお茶っ葉が残っていた。これはいい!

早速食べてみる。が、これは失敗。
噛み砕いた茶葉は口の中の水分を吸って、余計に喉が渇いてしまう。
以降は水分だけ吸って、葉は吐き出すようにした。

さらにもう一つ、水を持っていることに気が付く。
僕は旅行中タオルを使うのが嫌いで、スポンジ生地のスイミングタオルを持ち歩いている。
洗って絞って何度でも使用できるアレだ。
早速バッグから出して絞ってみると、わずかだが水が染み出してくる。
タオルを吸い、手に流れた水を舐めると、ほんの少しだけ渇きが癒えた。

22:40
薄曇りの空から小雪が舞う。

エマージェンシーバッグについた雪、というか氷の粒をスイミングタオルで拭き取って吸う。
けれども、飲んでも飲んでも喉は渇く。

0:20
尿意。チャンスだと思った。

いらないビニール袋にオシッコを出して一気に飲んだ。
大量の水分を喉に流し込むことができた。

運動と疲労で濃くなったオシッコは、ものすごく臭くて不味い。
口の中のアンモニア臭が取れない。唾も湧かないから臭いが消えない。
そして、30分もすると腹がゴロゴロと鳴きはじめた。クソッ!

1:20
寝袋から這い出して暗闇の中、崖に尻をさらして下痢グソを垂れる。

ヘッドライトを持っていなければここで死んでいたと思う。
体を支えるために最初に掴んだ岩はグラグラだったから。

とにもかくにも無事に大仕事を済ませて寝袋に戻った。
オシッコは絶対に飲んじゃいけない。
余計に水分を失うことになる。

2:00〜4:00
時間の経過が早い。

やることをやり尽くして疲れたのか、オシッコで喉だけは渇きが癒えたのか、この時間は眠れていたらしい。

4:30
時折り吹く強風や動物の気配を恐れながらも、落ち着いて過ごす。

静かに、死ぬということについて考える。

人生を振り返ったり、家族や友人を思う。ということは全くなくて、ただ現実的な死の可能性とその影響を考えていた。

死の準備も始めていた。

iPhoneのメモ帳に遭難の記録を打ち込んでいった。
万が一にも自殺だとは思われたくなかったから。

さらにエロ動画などの恥ずかしいファイルの削除を検討する。
万が一にも変態だとは思われたくなかったから。

でも、それは本当の本当に死ぬときにやればいいだろう。
とか、なんだろう、心のどこかで余裕が出てきていたのかもしれない。

6:00
確かに余裕は出ていた。

朝はもうすぐ。
死の恐怖はもうなかった。

斜面でモゾモゾ動き低木のトゲに引っかかったことでエマージェンシーバッグは破れて、保温機能は半減していたけれど、もう怖くはない。
吹雪も野犬も来なかった。
あとは明るくなるのを待つだけ。

イライライライラしながら、ひたすら明るくならない空を見上げていた。

8:00
ついに明るくなった。

周囲がはっきり見える。
寝袋から出て手早く荷物をまとめて、手ブラで行動開始。

バックパックを置いたそばの木に、光を反射するエマージェンシーバッグの切れ端を巻きつけて目印にして、身軽な状態で崖を降りていく。
30分くらい歩き回ると、しっかりとした人間の道を発見した。
荷物を回収して下山しよう。

ところが荷物を置いた場所に辿り着けない。
目印を付けて、風景を記憶し、13時間以上も過ごした場所がわからない。
山は怖い。

日も高くなって気温は氷点下を脱する。
再び渇きとの戦い。

ここで水を発見。
使い古したコカコーラの1.5Lボトルに3割ほど水が入っている。
地元の人が捨てたか落としたものだろう。
キャップを開けて匂いを嗅ぎ、口に含んでみる。

腐ってない!
それどころかキンキンに冷えてる。うまい!
一口飲むと一気に身体が熱くなった。肌が汗ばんだことがわかる。
少しずつ飲もうと思ったが5分と保たずに飲み干してしまった。

10:30
脱水症状が迫っていた。

2時間近くも歩き回って荷物回収を諦める。

西当に戻る道を歩いていくと芝刈りのおばさん達を発見。
身振り手振りで事情を伝えると、一人のおばさんが下まで連れて行ってくれた。

車道を歩き始めた頃から脱水症状が出た。
全身が痺れ、指は曲がらなくなった。
安心したせいだろう。

11:10
遭難地点から見えていた建築物に到着。

トレッキングのための管理小屋があり、おばさんがスタッフに事情を説明すると、すぐに白湯とカップラーメンを出してくれた。

腹に食べ物が入って僕が動けるようになると、若い女性スタッフが荷物を探しに行こう!と立ち上がった。

えー、こんな若いコで大丈夫かよー、靴もオシャレブーツじゃねーか、山慣れしたおじさんに来てほしーなー、と内心不満ながらも、このチベット族女性チャンシーに着いていくことになった。

チャンシーは大多数の若いチベット人がそうであるように、中国語は読み書きも完璧だけど英語はほとんどダメ。
ということで、筆談と絵で荷物を置いた場所を伝える。

山に入ったら、さすが山っ子。
低木生い茂る崖の中で確実に歩きやすい場所を見つけてサッサカ登っていく。
荷物を置いた場所の特徴とそこから見えた風景を分析して、ものの30分で発見。
僕はかなり高い所に迷い込んでいたらしい。

20kg近いバックパックを背負ってスイスイ崖を降りるチャンシー。
手ブラの僕は喘ぎながら後を追うだけ。
ありがたい。なさけない。
荷物が見つかってよかったね!とオシャレブーツに詰まったトゲを抜きながら息ひとつ上がらないチャンシー。
これこそ、本物の山ガール。

戻ったらお昼ご飯。
中藏折衷のおいしいおいしいランチ。
金を払おうとしたらみんなに爆笑された。

そして、ここには温泉があった。
川原の小さな天然温泉に浸かって死の垢を落とす。
この西当温泉に一泊することにして、洗濯も済ませて、あとはボーッと山や雲や馬を眺めて過ごした。

助かった。


翌日はすっかり元気になって正規の登山道を歩いた。
1000m一気に登って降りて6時間、ついに雨崩に辿り着いた。
(そんなことも知らずに、あとちょっとと思って近道を歩いていたわけで…)

雨崩は徒歩か馬でしか辿り着けない村。
メツモ峰をはじめ梅里雪山の峰々が目の前に聳える。
村には寺も学校もなくて、人間よりヤクの方が多い。

快適な安宿に泊まって僕は聖地、神瀑や日中登山隊ベースキャンプなどを見に雪山を歩き回った。

不思議なことに、それまで毎日天気が悪かった梅里雪山一帯だけれど、遭難の日からはずっと快晴が続いて山は美しい姿を見せ続け、僕が町に戻った日に再び雲に覆われた。
ま、偶然だろうけど。


教訓。
山を舐めるな。オシッコは飲むな。

内院の雨崩村

朝日に燃える梅里雪山

村のヤク

雪山とタルチョ

朝餉の炊煙

地元のチベタン

タルチョだらけ

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イギリス#ブリストル "聖地巡礼"

ブリストル、そこは神々の住まう街。
神殿には楽士たちの奏でる低音が神々を讃え、路地には神像や神の言葉が描かれる。
人々は清めの煙を焚き、若人は焚きすぎて嘔吐する。
オエー。

ベースミュージックとグラフィティが好きな僕にとって、ブリストルという地方都市はロンドン以上に憧れの街だった。
いつか絶対に行く、と決めていた場所のひとつ。

5月、祝日の3連休を利用して2泊3日のブリストル旅行に出た。
よく晴れた金曜日の午後、ロンドンからの高速バスを降りて目抜き通りを歩く。

なんか、意外にきれい街だな。
それまでグラフィティのイメージしかなかったから、ハードなゲットーを想像してたけど、よく考えたら普通の港湾都市でもあるわけで、ヨットハーバーにはオープンテラスのレストランがあるし、由緒正しい古城も古い教会もある。

拍子抜けした気持ちで予約していたホステルのある通りに入った。

宿の前の通り

フランケン階段

グラフィティだらけ。
数も規模も質もロンドンを遥かに凌ぐ。

一気に楽しくなって、3日間カメラを持ってブリストル中を歩き回った。

ペンキ塗りたて

the mild mild west

men working

think local

ありふれた風景

Shake wrap and roll

かわいい壁

攻撃を受けるBanksy

面白いグラフィティを探して歩いていると自然と街の地理も把握できるし、もう一つの目的である音楽にもスムーズに到達できた。

クラブやレコード屋の多いエリアを発見して情報収集。
ネットで調べてもわからなかったイベント情報がすぐに出てきた。

ここはぜひともブリストルの地元感あふれるイベントに行きたい。
街に着いてすぐ、倉庫街のレコード屋で見つけたフライヤーはKrustのパーティー、完璧だ!
でも、それは前日のものだった。
土曜の午後、一軒のクラブの壁にSmith&Mightyのイベント告知。
しかも今夜!
ピークを過ぎたとはいえ大好きなグループ、しかもブリストルの地元の英雄。
DNBをやってくれるかどうかはわからないけれど、今夜はこれで決まり。

その夜遅く、宿から歩いていくと店内にはすでにロブ・スミスの姿があった。

ロブ、自分でポスター貼ってるよ。地元だなー。レイ・マイティは女口説いてる。地元だなー。
あれ?レイってあんなに黒かったっけ?あ、レイじゃない。ピーターDだ。そっかー、今日はロブ・スミスとピーターDが出るのかー。お、始まった始まった。二人で一緒にやるのか、いいねー。

って、それはMore Rockersのライブじゃないか!
バッキバッキの倍速だし!

うおー!踊れー!焚けー!

こうして、ブリストルの夜はブリブリと更けていったとさ。

グラフィティの街

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